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休哲(きゅうてつ)様

江戸時代の名医が祀られている小さなお社(やしろ)


江戸時代の中頃、森下に足立休哲(あだち・きゅうてつ)という医者が住んでいました。
徳島の生まれと言われる休哲医師がどういった経緯で青梅の森下に住むことになったのかはわかりませんが、非常に優れた医者であったようで、彼の死後(宝暦2年〈1752〉没と伝えられます)、地域の方々がその徳を慕って小祠を建てました。それが「休哲様」と呼ばれる小さなお社です。
その場所は、森下町内の青梅線をまたがる2つの陸橋のうち、西の陸橋を渡り、すぐ先を左折、さらに、一軒目と二軒目の民家の間を山の方へと入っていったところにありますが、とてもわかりにくいので、できれば地元の方にお訊きした方がよいでしょう。なお、休哲様のお社のすぐそばには、見事な大木の下にお稲荷様のお社もあります。
さて、休哲医師の名医ぶりを示すエピソードは、貧乏人からは一銭の薬礼も取らない代わりに、金持ちからは沢山の礼金を取ったとか、西洋でペニシリンの薬効が発見されるよりもずっと前から、青カビを甕(かめ)の中で繁殖させて薬に使っていたとか、いろいろとあります。
休哲様の御利益については、目の病気の人は絵馬を、耳の病気の人は穴のあいた石を奉納し、手洗水をつけて拝むと治ると伝えられ、「子供の頃、耳だれになったときには、親にお参りに連れて行かれた」と話す年配者も、まだまだたくさんいらっしゃいます。
なお、休哲医師の遠縁に当たるという方が昭和58年(1983)に、代々家宝として大切に保管してきていた一幅の絵「足立休哲画像」を郷土博物館に寄贈されています。

【所在地】森下町443あたり





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